特集インタビュー&コラム|#サッカーが待ちきれない「【ターニングポイント-忘れられないあの試合- #1】「広島の歴史が変わった」風間八宏が選ぶ現役最高の試合」

特集インタビュー~サッカーが待ちきれない人たち~
インタビュー&コラム -サッカーが待ちきれない人たちへ-2020/04/24
【ターニングポイント-忘れられないあの試合- #1】「広島の歴史が変わった」風間八宏が選ぶ現役最高の試合

20200424_kazama_01(本人提供)


“サッカーが待ちきれない”人たちに自身の記憶に強く刻まれている忘れられない試合や、サッカー愛に溢れる方々にその思いを語っていただく特別インタビュー企画。第1回は風間八宏氏に、サンフレッチェ広島に在籍した現役時代”を振り返っていただきました。日本人初ゴール、チームの初優勝、Jの舞台で監督として活躍する同僚達とのプレー…。色濃い思い出の中で彼が選んだ“ベストゲーム”について語っていただきます。(取材:澤山大輔/構成:竹中玲央奈


風間八宏の“忘れられないあの試合”
1994年 Jリーグ 1stステージ 第21節
ジュビロ磐田 1-2 サンフレッチェ広島


●「日本人初ゴール」の裏側
1993年のJリーグ開幕戦、ジェフユナイテッド市原(当時)との戦いの当日、忘れられないことがあります。今までにない数のファンが、広島に集まったことです。小さな女の子も大人の女性も、家族連れもいる。ドイツでは男性客がほとんどだったので、その光景を見てとても感動しました。その試合で日本人ファーストゴールも取れましたから、思い出深いですよね。


ちょうど宏矢(風間氏の次男 現FC琉球所属)が生まれて1ヶ月ほどだったのですが、子供たちの中で彼の出産にだけ立ち会えていなかったので「お前のために点を取ってくるからな」と言って、実際に決められた。そういう意味でも特別です。


あのゴールは開始早々(記録上では2分)で決めたのですが、キックオフ直後に片野坂(知宏・現大分トリニータ監督)のクロスから、得点シーンと同じような場面があったんです。ただ、自分が入るのが遅れて合わせられなかった。でも「穴はある」と感じて、もう1度狙いにいきました。すると、すぐに同じような場面が来て、決めることができた。片野坂はクロスがうまかったですし、あのゴールは彼のおかげですね。


20200424_kazama_02初ゴール記念のクッション


●初優勝までの記憶。激闘の3戦
94年にシーズン優勝を経験しましたが、プレシーズンで海外の3クラブと戦って良い試合ができて、「今年はいけるな」と思いました。当時の広島は若いチームでしたが、スチュアート・バクスター監督が自信を与えてくれたんです。伸び盛りの選手が多かった中、前川和也、森保一、高木琢也を中心にどんどん自信をつけてたくましくなりました。


優勝を決めた1stステージは、印象深い試合が多かったですね。特に後半戦の鹿島アントラーズ戦。ノ(ジュンユン 元韓国代表)の2ゴールで勝った試合です。このシーズンはホーム・アウェイとも鹿島に勝てたのですが、広島で戦った2試合目は優勝のカウントダウンに入っていました。「ここからラストスパートだ」というところ。


あの頃、ヴェルディ川崎(当時)と鹿島は全国区の人気があり、広島にもファンが多かったんです。両チームとの試合には、多くのお客さんが入りました。


鹿島との試合では、ジーコの対処法がとても難しかったですね。彼がうまいのはわかっているのですが、ほとんど動かないから、誰かがマークにつくのは難しい。そして、ボールを持てば何かを起こしてくる。彼以外にも怖い選手がたくさんいて、とても粘り強いチームでした。


そして、その次の試合でヴェルディと対戦しました。これも印象的ですね。前半戦は0-5でやられてしまっていたのですが、このアウェイ戦では4-1で勝ちました。


絶対に勝たなければいけないこの試合で、バクスター監督はやり方を変えました。ヴェルディはサイドから起点を作ってくるので、そこを塞ごうと。センターフォワードは相手のセンターバックではなく、両サイドバックを抑えに行って、真ん中の選手にボールを持たせる。そこを、ボランチの自分と森保で奪いに行く。この、サイドで起点を作らせない策がうまくいきました。


あとは、ハットトリックをしたハシェックの存在がとても大きかったですね。彼は小さいけど動体視力の速さが抜群で、ボールが落ちる場所を普通の人より早く認知して入っていけるんです。ボールの行く先を見極める目は特別でしたね。


この次の横浜マリノス(当時)戦に敗れて、迎えたアウェイの清水エスパルス戦。天王山ですね。当時は、清水にもなかなか勝てませんでした。ここでバクスター監督は、上村(健一 現カマタマーレ讃岐監督)に、清水のエースだったトニーニョをマンマークさせたんです。「ハーフラインを超えたら掴みに行け」と。


上村は対人に強く、いつも練習でハシェックとマンツーマンをしていました。だから、彼にその役割を任せられたんです。結果、上村がトニーニョを完全に抑えた。いつもやられるトニーニョに、何もやらせなかったのが大きかったですね。


上村は若かったけどよくやってくれたと思います。味方としてとてもたくましく見えました。


●磐田戦の映像は、いつ見ても飽きない
清水との試合を制し「いけるぞ」となり、ジェフとの試合を制して迎えたのが優勝決定戦となるジュビロ磐田戦でした。


29分にミスから失点しましたが、38分に“パターン通り”のCKから同点にして、最終的に逆転して優勝を決めました。正直、内容としてはジュビロのほうが良かったです。でも、全員「勝てる」と思ってプレーしていました。ここまでの過程でチームが成長した感覚はありましたし、落ち着いてやれていました。


決勝ゴールは、僕が出したパスに森山佳郎が反応してGKと交錯、中にこぼれて、チェルニーがネットを揺らしました。今思うと「凄いところに(パスを)出したな」と思います。森山は余裕で追いつくと思っていたけど追いつかなかった。そうしたらGKがでてきて、足に当たって、チェルニーの足元に転がってきた。彼のゴール前の落ち着きは抜群でしたし、さすがでしたね。改めて見ても、そう思います。


20200424_kazama_03写真:アフロ


JSL2部だったマツダSCが、今西和男さんを中心に積み上げてきたものの結晶でした。喜びも大きかったです。「Jリーグに入れないかもしれない」という状況でした。今西さんも本来であれば会社に残って上の役職になれる人だったろうけど、考えた末にこの道を選んで、広島のサッカーのために尽力してきたんです。ものすごい力を注がれていたのは、われわれ選手たちもわかっていました。


試合に勝ったとかリーグを獲ったという次元ではなく、「広島の歴史がひとつ変わったな」と。涙が出そうになりましたね。今西さんを胴上げできたのはこの1回ですが、感慨深かったです。今西さんの周りにも、サポートをしてくれた広島中の人たちがいました。サポーターだけではなく、その人達にも感謝を伝えられる胴上げでしたから。


あのグラウンドの空気は、とても感慨深く感じました。あの映像は何回見ても飽きないですよね。あの試合が一番です。


●今西和男という存在
広島にとって、今西さんの存在は大きかったです。あのときのメンバーは、僕も含めてほとんどが彼に誘われ、彼を慕ってやってきた。


今西さんは選手を獲得する時、人間性をすごく見ます。「素直でなければプレーが伸びない」と言っていましたね。素直さを持っていれば、有名でなくても技術がなくても、広島へ連れてくる。


高木や森保という名が知られていなかった選手も地道にやって芽が出ましたし、柳本啓成も河野和正もそう。久保竜彦もそうですよね。今西さんの、人を見抜く力は凄かった。結果としてみんな代表選手になっていますから。


「外国人監督が来るから」という理由で、選手たちに英語の勉強をさせたこともありました。また、自分たちでテーマを作って発表する機会も作っていました。プレゼンは、喋ることが不得意な若手が代表して話すんですよ。そこで言葉にして人に伝えられない選手には「頭で整理ができていないから喋れない」と言っていました。今思い返すと、色々な教育をしていますよね。今西さんの力はすごいですよ。


当時のメンバーは、彼のところに来てなければ、今の姿にはなれていないと思います。他のところだと、そう簡単にはいかなかったのではないでしょうか。今西さんは教育者でもありましたから。


●ボール1つで色んなことを乗り越えてきた
いま、このコロナの騒動で大変な時期だと全員が思っています。こんなことが起きるのは、驚きでもあり悲しいことです。ただ、離れていても繋がれることはたくさんあります。僕は小さいときから辛いことや苦しいこと、家から逃げたいと思ったことがたくさんありました。


その中で楽しみを見つけるということが次に繋がり、今がある。ボール1つで僕自身は色んなことを乗り越えてきたんです。この状況の中でも楽しみをしっかり見つけて、みんなでまた新しい良い日が来ることを願って過ごしていければ、と思います。どんな狭い中、小さなことでも良いので、楽しみを見つけてみましょう。そして、お互いに繋がれる機会がどんどん繋がっていきましょう。そうすることで、また“楽しいもの”が生まれると思います。


【ターニングポイント-忘れられないあの試合-】
【#1】「広島の歴史が変わった」風間八宏が選ぶ現役最高の試合
【#2】JリーグMVP・仲川輝人の脳裏に残るのは、育ててもらった“古巣”との対戦
【#3】海外初挑戦での衝撃。シュミット ダニエルが臨んだ危険なダービー
【#4】「勝負強い鹿島」が生まれた日。岩政大樹が浦和を封じた2007年の第33節

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